長く続いてきたオーナー会社の決算書は、たいてい税金を抑えるかたちに作られています。役員報酬を厚めに取り、保険に入り、使える経費は使う。何十年もそうしてきた会社の損益計算書は、利益が小さく見えます。

ところが、会社を渡す相手——買い手でも、外から来る後継者でも——が見ているのは、その工夫を元に戻したあとの利益です。決算書の最終利益ではありません。

ここにずれがあります。そして多くの場合、このずれを埋める説明を会社側が持っていないため、相手が自分で推測することになり、低いほうに振れます。この記事では、戻す項目は何か、なぜ会社側で先に用意しておくほうが有利なのか、何から始めればよいのかを書きます。

決算書が節税のかたちになっているのは、間違った経営ではありません

最初にはっきり書いておきます。利益を抑えるかたちの決算は、オーナー会社としては合理的な判断でした。

会社の株主が社長一人(あるいは親族だけ)であれば、会社に利益を残しても、個人で受け取っても、最終的な持ち主は同じです。であれば、法人税を払ってから残すより、役員報酬や経費で取ったほうが手元に残る金額が多くなる場面があります。退職金の原資として保険に入ったのも、将来の備えとして筋の通った判断です。

つまりこれは「隠していた」話ではなく、「株主と経営者が同一人物だったから、その形が最適だった」という話です。 渡す相手が現れた瞬間に、最適な形が変わるだけです。

変わる理由は単純です。買い手や後継者は、自分が社長になったあとに会社がいくら稼ぐのかを知りたい。あなたの役員報酬は、あなたが辞めれば出ていきません。あなたの保険も、あなたの車も、あなたが使っていたから計上されていたものです。だから相手は、それらを戻した数字を作り直してから判断します。

※正常収益力とは: その会社が普通に経営したとき、毎年どれくらい稼げるのかを示した利益のことです。決算書の利益から、一時的なものやオーナー個人に関わるものを足し引きして求めます。買い手の評価額は、ほぼこの数字をもとに決まります。

戻す項目は、だいたい決まっている5つ

相手が調整するのは、思いつきではありません。見る順番はほぼ共通しています。

1. オーナーとその親族の役員報酬

社長の報酬が市場水準より厚く取られている場合、その差額は戻されます。逆に、報酬を抑えてきた会社では、後任の社長に払う報酬を引く方向の調整が入ります。親族が役員や従業員として名前を連ねているなら、実際の勤務の有無が見られます。

2. 役員保険(生命保険)の保険料

退職金の原資として積んできた保険は、社長が退任すれば続きません。保険料は戻されます。同時に、解約したときに戻ってくるお金がいくらかが、別の論点として出てきます。

3. オーナー個人に紐づく経費

車、交際費、出張、ゴルフ、携帯、家賃。全部が否定されるわけではありません。 取引先との交際費は事業に必要だったはずです。問題は、どれが事業のもので、どれが個人のものかを、会社側が区別して説明できるかです。説明がなければ、相手はまとめて個人のものとして扱います。

4. 本業と関係のない資産と、それに伴う損益

投資用の不動産、ゴルフ会員権、本業で使っていない土地。これらは「会社の実力」の外側にあるので、損益からも資産からも切り離して見られます。 社長個人の思い入れがある資産ほど、ここで論点になります。

5. 社長個人の不動産を会社が借りている場合の家賃

本社や工場が社長個人の名義で、会社が家賃を払っている形はよくあります。渡したあとにその家賃が続くのか、続くならいくらが妥当なのかが、そのまま将来の損益に乗ってきます。 相場より高ければ戻され、相場より安ければ、相場まで引き上げた前提で見られます。

この5つは、会社と社長個人のお金の行き来と重なります。その整理の仕方は会社と社長個人のお金が混ざったままでは、会社は渡せないで詳しく扱っています。

なぜ、会社の側で先に用意しておくほうが有利なのか

相手も専門家を入れて調整するのだから、放っておいても同じ数字になるのでは——と思われるかもしれません。なりません。 理由が2つあります。

ひとつは、説明がない項目は、相手が保守的に見るからです。 これは相手が意地悪だからではなく、確かめられないものを有利に見積もることが、立場上できないからです。経費の中身が分からなければ、全額を個人のものとして扱っておくのが相手にとって安全です。その保守的な見積もりが、そのまま評価額を下げます。

もうひとつは、順番の問題です。 相手が自分で調整を始めてから説明を足すと、話が「後から言い訳をしている」構図になります。先に出していれば同じ内容が「準備されている会社」の材料になり、後から出すと「聞いていなかった話」になる。中身は同じなのに、受け取られ方が変わります。

ここで誤解のないように書いておきます。決算書を作り直すという話ではありません。 過去の決算は提出済みのもので、変えるものではありません。用意するのは、決算書の数字から、どれを足し引きすれば実力の利益になるのかを示した一覧と、その根拠です。決算書とは別の紙で作ります。

後継者が「判断できない」と言って降りる理由

ここからは、経営者を外から迎える立場から見た話です。

後継者が見つからないという相談の中には、候補者が「この会社の数字では判断できない」として降りているケースが含まれます。これは報酬の多寡や会社の規模の問題ではありません。

外から来る経営者は、自分の判断で会社を伸ばすために来ます。その人が最初にすることは、どこに利益が出ていて、どこで消えているのかを数字で把握することです。ところが、節税の工夫が何十年ぶん積み重なっていると、部門ごとの利益も、本当の固定費も、決算書からは読めません。

経営を引き受けるかどうかを決める段階で、「入ってみないと分からない」という状態に置かれた候補者は、たいてい降ります。 経営者としての判断能力がある人ほど、情報が足りない状態で意思決定することを避けるからです。

逆に言えば、実力の利益を示した一覧が1枚あるだけで、候補者は検討に入れます。 数字が良いか悪いかは二の次です。悪いことが分かっている会社は引き受けられますが、分からない会社は引き受けられません。 これが現場で起きていることです。

後継者が決まらない会社に共通する構造は後継者がいない原因は、人材不足ではないでも書いていますが、数字の見えなさはその一つです。

何から始めるか

大きな作業ではありません。順番だけ決めておけば進みます。

1. 直近3期の決算書を並べる。 1期だけでは、その年だけの特別な事情と、毎年の構造が区別できません。

2. 上の5項目を、金額で拾い出す。 顧問税理士に「正常収益力を出すための調整項目を拾いたい」と伝えれば、話は通ります。この作業は税理士の日常の業務ではありませんが、材料はすべて税理士の手元にあります。

3. 1枚の表にする。 左に決算書の営業利益、右に調整後の利益、間に足し引きの項目と金額、備考に根拠を一行ずつ。これだけです。

4. 根拠の資料を一緒にまとめておく。 保険の証券、不動産の賃貸借契約書、役員報酬の議事録。「説明できる」とは、紙があるという意味です。

5. 来期の決算から、形を少しずつ変える。 これは任意ですが、渡すまでに数年あるなら、本業と関係のない資産を減らしておく、親族の処遇を整理しておくといった対応で、調整項目そのものを少なくできます。

まとめ

  • オーナー会社の決算書が節税のかたちになっているのは、株主と経営者が同じ人だったからで、間違った経営ではありません
  • 渡す相手が見ているのは、その工夫を戻したあとの利益です
  • 戻される項目は、役員報酬・保険・個人に紐づく経費・本業外の資産・社長個人の不動産の家賃の5つが中心です
  • 説明がない項目は、相手が保守的に見積もります。先に用意しておくほうが有利です
  • 決算書を作り直すのではなく、決算書と実力の利益をつなぐ1枚を別に作ります
  • 外から経営者を迎える場合、この1枚があるかどうかが、候補者が検討に入れるかどうかを分けます

会社を残すための選択肢として、外から経営者を迎える道を検討されている場合は、後継者をお探しの方へをご覧ください。買い手や後継者が価格より先に見ているものについては会社を残したいなら、価格より先に用意しておく答えがあるで扱っています。