後継者が見つかり、条件の話も進み、あとは最後の詰めだけ——という段階で止まる会社があります。止まる理由のひとつが、会社と社長個人の間にある貸し借りが整理されていないことです。

これは「渡す相手が見つからない」とは別の問題です。相手は見つかっています。ただ、ほどけていない貸し借りを、第三者は引き受けられないのです。後継者が親族でも社員でも外部の方でも、同じところで止まります。

本稿では、ほどく必要がある4つの貸し借りと、それぞれ何が起きるのか、いつから始めるべきかを書きます。

なぜ混ざるのか。それは悪い経営ではありません

最初に申し上げておきたいことがあります。会社と社長個人のお金が混ざっているのは、経営が雑だったからではありません。

中小企業には、大企業が当然に使える資金調達の手段がありません。増資を引き受ける投資家はいない。社債も発行できない。銀行の融資枠にも上限がある。そういう条件の中で会社を続けるには、社長個人の信用と財産を会社に差し出すのがいちばん早いのです。

  • 資金が足りないとき、社長が自分の預金を会社に入れる
  • 工場や事務所を建てるとき、社長個人の名義で土地を取得して会社に貸す
  • 急な支払いを、社長が自分のカードで立て替える

どれも、そのときは正しい判断でした。会社を生き延びさせるために合理的だったのです。

問題が起きるのは、「続ける」から「渡す」に目的が変わったときです。

なぜなら、ここまで会社を支えてきたのは社長の人格そのものだからです。そして第三者は、人格を引き継げません。後継者が引き継げるのは会社であり、社長個人の信用や財産ではない。だから、会社と個人が一体で回ってきた部分は、渡す前に切り分けておく必要があります。

会社が「渡せる形」になっていない理由は他にもあります。全体像は後継者がいない原因は、人材不足ではないに整理しました。本稿はその中の「お金の貸し借り」を詳しく見ていきます。

1つ目:社長から会社への貸付(役員借入金)

会社の決算書の負債の側に「役員借入金」や「短期借入金(役員)」として載っているものです。

※役員借入金とは: 社長や役員が、自分のお金を会社に貸している状態です。会社から見れば借金(負債)、社長から見れば会社に対する債権(返してもらう権利)です。利息を取らず、返済期限も決めていないことが多く、長年積み上がって数千万円になっている会社も珍しくありません。

何が起きるか

渡すときの問題は2つあります。

ひとつは、後継者から見るとこれは会社の借金だということです。返済の義務が会社に残ります。「前の社長への借金だから返さなくていい」とはなりません。株式を譲り受けた後継者は、この負債を抱えた会社を引き継ぎます。会社の価値を算定するときにも、当然この負債は差し引かれます。

もうひとつは、社長に相続が起きたときの問題です。会社に貸しているお金は、社長の財産です。社長が亡くなれば、この「会社から返してもらう権利」が相続財産に含まれます。現金ではないのに、財産として評価される。相続人は、手元に入ってこないお金に対して相続税を考えることになります。

承継を進めないまま時間が過ぎると、この2つが同時に起きます。

どう整えるか

選べる道は、おおまかに次の3つです。

  1. 返済する — 会社に資金の余裕があるなら、承継の前に返してもらう
  2. 放棄する(債権放棄) — 社長が「返してもらう権利」を手放す。会社の負債が消える
  3. 資本に振り替える(DES) — 貸付金を株式に換える

※DES(デット・エクイティ・スワップ)とは: 会社に対する貸付金(デット)を、株式(エクイティ)に振り替える手続きです。会社の負債が減って資本が増えるため、決算書の見え方が改善します。

ただし、この3つはいずれも税金の論点を伴います。 債権放棄をすれば会社の側に利益が立ちますし、DESにも評価と課税の論点があります。どれを選ぶのが有利かは、会社の繰越欠損金の状況、株式の評価額、社長個人の資産構成によって変わります。

ここは自己判断で進めないでください。「どうすべきか」を決める前に、顧問税理士に「うちの場合、この3つでそれぞれ何が起きますか」と聞くのが順番です。 選択肢を知らずに顧問に相談すると、いちばん単純な方法だけが提示されることがあります。

2つ目:会社から社長への貸付(役員貸付金)

1つ目の逆向きです。決算書の資産の側に「役員貸付金」「短期貸付金(役員)」として載っています。社長が会社からお金を借りている状態です。

何が起きるか

これは1つ目より厄介です。理由は、買い手も後継者も、この資産を資産として評価しないことです。

決算書の上では資産に計上されています。しかし回収できる見込みがあるかと言えば、多くの場合ありません。社長本人から取り立てる前提になっていないからです。

買い手の立場で考えると、こう見えます。「この会社の資産のうち、この金額分は実在しない」。そのうえで、「社長個人がこれだけ会社から借りていた会社だ」という印象が残ります。金額の大小とは別に、会社と個人の線引きが曖昧だという事実が伝わります。

さらに、この貸付金には利息を付ける必要があるという税務上の論点もあり、放置してきた期間が長いと指摘を受ける可能性も残ります。

どう整えるか

  • 社長個人の資産から返済する
  • 役員報酬を一時的に上げて、その中から返済していく
  • 社長への退職金で精算する

いずれも時間がかかります。特に3つ目を使うなら、退職金の支給額や支給の時期そのものが承継のスケジュールに組み込まれるので、承継の設計の一部として先に決めておく必要があります。

なお、1つ目(会社への貸付)と2つ目(会社からの借入)が両方ある会社もあります。相殺できる場合もありますが、これも税務の論点を含むので、税理士に確認してから動いてください。

3つ目:社長個人名義の不動産を、会社が使っている

工場、本社の土地、事務所、倉庫、社員駐車場。これらが社長個人(またはご家族)の名義で、会社が使っているケースです。中小企業ではごく一般的な形です。

何が起きるか

買い手や後継者が必ず確認する項目です。 なぜなら、ここが承継後の経営を直接左右するからです。

会社の事業は、その土地と建物の上で成り立っています。もしその不動産が前の社長の個人財産のままなら、承継後に次のことが起こり得ます。

  • 賃料の値上げを求められる
  • 契約の更新を拒まれる
  • 社長に相続が起きて、名義が複数の相続人に分かれる

3つ目がいちばん現実的なリスクです。相続で名義が複数人に分かれると、更新や売買の交渉相手が増えます。中には会社と関わりのない方もいます。会社の事業の土台が、会社の意思決定の外に置かれている状態になります。

そして実務でよく見つかるのが、次の状態です。

  • 賃貸借契約書が存在しない。 口約束で何十年も続いてきた
  • 契約書はあるが、賃料が相場とかけ離れている。 高すぎる場合(実質的に社長への報酬の代わり)も、安すぎる場合(実質的に社長からの支援)もあります
  • 契約書の内容が実態と違う。 面積や用途が変わっているのに更新されていない

どう整えるか

方向は2つです。

会社が買い取る。 事業の土台を会社の内側に入れる、いちばんすっきりした形です。ただし会社に資金が必要になり、社長個人には売却の税金が発生します。

貸したまま、契約を整える。 買い取る資金がない場合はこちらです。やるべきことは次です。

  • 賃貸借契約書を作る(存在しなければ、まず作る)
  • 賃料を相場に合わせる(不動産業者に査定を依頼する。「適正である」と言える根拠を残す)
  • 契約期間を承継後も続く形にする。更新の条件を書く
  • 事業に不可欠な不動産なら、将来の買い取りの約束(売買予約や優先交渉権)を入れることも検討する

どちらを選ぶかは資金次第ですが、「契約書がない」状態のまま承継の話を進めることだけは避けてください。 相手にとっては、価格を下げる理由にも、話を止める理由にもなります。

4つ目:会社名義で持っている、社長個人のもの

逆向きのものです。会社の資産として計上されているが、実際には社長個人が使っているもの。

  • 社長の自家用に近い車
  • ゴルフ会員権、リゾート会員権
  • 社長や家族が受取人に近い形の生命保険
  • 社長が個人的に使っている別荘や住居

何が起きるか

後継者はこれを引き継ぎたくありません。 事業に使わない資産なのに、会社の資金が固定されています。保有しているだけで費用も発生します。

そして、これらが会社に残っていると、後継者は就任後に「前の社長の私物を処分する」という仕事から始めることになります。これは実務の手間以上に、社内に対して気まずい仕事です。古参の社員から見れば、前の社長の象徴を新しい社長が売り払う光景になります。

就任直後の後継者にこの役を負わせないほうがよいのは、承継全体にとってもそうです。新しい社長が最初にすべきことは、前任者の整理ではありません。

どう整えるか

承継の前に、社長が自分で整理します。

  • 事業に使うものは会社に残す
  • 使わないものは、社長個人が買い取るか、会社が外部に売却する
  • 保険は、契約者・被保険者・受取人の組み合わせを確認する。承継後の形に合わせて変更するか解約するかを決める

売却すれば会社に売却損益が出ますし、社長が買い取る場合は価格の妥当性が問われます。ここも税理士に確認する領域です。

なぜ、後継者探しより先に始めるのか

ここまでの4つには、共通する性質があります。どれも、思い立ってから3か月では終わらないということです。

理由は3つあります。

1. 税金の検討に時間がかかる。 どの方法を選ぶかで税負担が変わります。顧問税理士に試算を依頼し、複数の案を比べる時間が必要です。会社の決算期をまたぐ処理もあります。

2. 相手の同意が必要なものがある。 不動産の名義がご家族と共有なら、その方の同意が必要です。相続で既に分かれているなら、相手は複数になります。

3. 銀行への説明が必要になることがある。 不動産を担保に入れている、役員借入金を実質的な自己資本として見てもらっている——こうした場合、整理の前に銀行と話す必要があります。

だから順番は、整える → 探すです。逆にすると、候補者が見つかってから整理を始めることになり、その間、相手を待たせます。承継の話は待たされると冷めます。相手にも都合があり、他の選択肢もあるからです。

同じ理由で先に片付けるべきものとして、個人保証と株式の分散があります。それぞれ会社を譲っても、社長個人の連帯保証は自動では外れないと後継者が決まっても、株が揃っていなければ渡せないに書きました。

最初にやること:決算書から4つを拾い出す

難しく考える必要はありません。最初の一歩は、直近3期分の決算書を開いて、この4つがいくらあるかを紙に書き出すことです。

  • 貸借対照表の負債に「役員借入金」「役員からの借入金」はあるか。いくらか
  • 資産に「役員貸付金」「短期貸付金」はあるか。いくらか
  • 会社が使っている不動産のうち、社長や家族の名義のものはどれか。契約書はあるか
  • 会社名義の資産のうち、事業に使っていないものはどれか

4つの金額と内容が紙に書ければ、顧問税理士に相談する準備は終わりです。そして聞くことは「どうすればいいですか」ではなく、**「この4つについて、整理の方法と、それぞれの税金の見通しを教えてください。期間はどのくらいかかりますか」**です。

期間が分かれば、承継の全体のスケジュールが引けます。後継者探しのベストなタイミングで5年の逆算について書きましたが、その起点はこの整理です。

まとめ

会社と社長個人のお金が混ざっているのは、会社を続けるために必要だったことです。責められることではありません。ただ、渡すときには切り分けが必要になります。第三者は社長の人格を引き継げないからです。

ほどく4つは、役員借入金、役員貸付金、社長個人名義で会社が使っている不動産、会社名義の個人資産でした。どれも税金の論点を含み、相手の同意が必要なものもあり、短期間では終わりません。

だから、後継者を探し始める前に着手してください。整えてから探すほうが、話が早く、条件も良くなります。会社を残すという目的から見れば、この整理は準備作業ではなく、承継そのものの一部です。

ペルソナ株式会社では、後継者が社内にも親族にも見当たらない会社に対して、外部から経営を引き受ける人を探すお手伝いをしています。整理の進め方から含めたご相談は後継者をお探しの方へから承っています。

なお、本稿に書いた税務の取り扱いは一般的な整理です。実際の判断は、会社の状況によって結論が変わります。必ず顧問税理士や弁護士に、ご自身の決算書を見てもらってください。