継ぎたくても、
継げませんでした。
学校から帰る場所は、家ではありませんでした。親が営む、小さなアパレルの会社です。革のロールが立てかけてあって、裁断機があって、その隅で宿題をする。手が足りないときは仕事を手伝う。商売人の見習いのようなものでした。手伝いが終わるとお小遣いをもらって、お菓子を買いに行く。それが私の日常でした。
いつか自分がこの会社を継ぐのだと、疑ったこともありませんでした。
13歳のとき、その会社はなくなりました。
つらかったのは、会社そのものよりも人のほうでした。仲の良かった従業員の方がいたのですが、別れを言うタイミングもないまま、それきりになりました。あの人がその後どうなったのかを、私はいまも知りません。
父は、経営に向いた人ではありませんでした。どちらかといえば、ものをつくる人でした。腕はあった。商品もあった。ただ、会社を続けるための経営が、そこにありませんでした。
もしあのとき、経営を任せられる人が外から入っていたら。あの会社は残っていたと思います。
会社がなくなるというのは、会社だけがなくなるということではありません。そこで働いていた人の生活も、その家族も、一緒に動きます。私はそれを、外からではなく内側から見ました。
いま私たちがやっているのは、その一点です。継ぎたくても継げない人がいます。息子や娘に継ぐ気がなく、社内にも任せられる人がいないオーナー様。そして、継ぎたかったのに継げなかった、かつての私のような立場の人間も。
まだ継げるうちに、経営のできる人を外から迎える。それができれば、会社は残ります。雇用も、その周りにいるご家族も守れます。
PEファンドの投資先も、M&Aで買われた子会社も、後継者のいないオーナー企業も、私たちから見れば同じ形です。外から来た人が、すでにある会社を引き継ぐ。この形の経営には、創業とも社内昇進とも違う技術が要ります。私たちは、その経験を持つ方だけを集めています。