会社を譲る相手を同業の中から探すと、候補はたいてい数社で止まります。地方の中小企業なら、顔も名前も知っている相手ばかりになります。

ですが、実際に地方の会社を買っている相手には、まったく違う業種の会社が混じっています。 理由は単純で、同業と異業種では、会社の値踏みの仕方が逆だからです。同業は「自社と重なるもの」を引き算で見ます。異業種は「自社に無いもの」を足し算で見ます。

この記事では、異業種の買い手が何を買いに来ているのか、社長が残る形はなぜ選ばれるのか、そして譲る前に確かめることを書きます。

豆腐メーカーを、ゲーム会社が引き継いだ

マールオンラインの報道によると、ゲーム開発などのコンテンツ事業を主力とする上場企業カヤックが、那覇市の豆腐メーカー・首里とうふを子会社化しました。株式の96.1%を取得し、残る3.9%は同社の照屋社長が引き続き保有します。照屋社長は社長として続投し、カヤックの代表が取締役として経営に加わります。

首里とうふは1969年に創業し、島豆腐の製造と卸を続けてきた会社です。県内の量販店や学校給食に商品を供給し、おからを使った菓子の開発や、首里城近くの直営店にも取り組んできました。同報道では、照屋社長が入院をきっかけに、事業を続けられる体制が必要だと考えるようになったと説明しています。

買い手のカヤックは、これ以前にも木材の流通・加工、出版、観光といった分野の会社を傘下に収めてきました。豆腐は、その延長線上にある一件です。

ここから先は、公開されている情報からの読み方になります。

同業は引き算で見て、異業種は足し算で見る

同業の会社が買いに来るとき、見ているのは設備と顧客です。そしてその両方は、たいてい自社にもあります。 工場は重なり、営業先は重なり、商品も近い。すると「うちと重なる部分は、買っても増えない」という計算になります。だから同業の提示額は、思っていたより低く出ることがあります。会社が悪いからではなく、買い手の側で引き算が起きているためです。

異業種の買い手は逆です。豆腐の製造設備も、島豆腐という商品も、学校給食に入っている実績も、自社には1つもありません。 重なりがないので引き算が起きません。そのうえで、自社が持っているもの——商品の魅力を伝える企画力やブランドづくりの力——を掛けられると考えたときに、買う理由が立ちます。

つまり異業種の買い手が買っているのは、工場でも売上でもなく、何十年かけて作られた「中身のある商品」と、その商品が地域で得てきた信用です。これは短期間では作れません。だから、作る時間を買うという判断になります。

ここで押さえておきたいのは、自社の何が評価されるのかは、相手の業種によって変わるということです。同業に声をかけて低く見られた会社が、評価されない会社だということにはなりません。

社長が残り、株を少しだけ持ち続ける形

この件で目を引くのは、96.1%を譲ったうえで、社長が3.9%を持ち続け、社長として続投するという形です。

買い手がこれを望む理由は、専門用語よりも実務で説明できます。地方の中小企業では、取引先・金融機関・従業員との関係が、会社ではなく社長個人に紐づいていることがほとんどです。社長が譲渡と同時に消えると、買ったはずのものの一部が一緒に消えます。だから残ってもらう。株を少し持ち続けてもらうのは、残る理由を形にする方法のひとつです。

※株式を一部だけ持ち続ける形: 全部を譲らず、数%から数十%を手元に残す形です。会社が良くなれば、その分だけ後からもう一度譲る機会が生まれます。買い手にとっては「一緒に続けてもらう約束」の代わりになり、売り手にとっては会社の行く末に関わり続ける根拠になります。

ただし、立場は変わります。譲る前の社長は、自分の会社を自分の判断で動かせます。譲った後の社長は、株主から経営を任されている人です。同じ椅子に座っていても、決められることの範囲が変わります。残るかどうかを決める前に、何を自分で決められて、何に承認が必要になるのかを紙に書いて確かめたほうがよい部分です。譲ったあとの自分の立場をどう置くかは、社長を譲ったあと、自分はどこにいるかで詳しく書いています。

本当の論点は「入院をきっかけに」のほう

この件でいちばん多くのオーナーに当てはまるのは、買い手の業種ではありません。承継の準備が、体調という予告のない事情から始まっていることです。

承継の相談は、ほとんどの場合これと同じ入り方をします。健康診断の数字、入院、同年代の経営者の訃報。思い立った時点から動き始めるため、時間がある状態で選べる相手の数と、時間がない状態で選べる相手の数が、まったく違います。

時間があれば、同業にも異業種にも当たれます。条件の悪い相手を断れます。会社の中身を整える時間もあります。属人化している受注や見積りを人に渡し、数字を見られる形にしておけば、買い手から見た不確実さが減ります。

時間がないと、そのとき声をかけてくれた相手しか選べません。 条件を比べる相手がいないので、提示された額が妥当かも分かりません。この差は交渉の腕では埋まりません。残っている時間の長さで決まります。

何年前から動くべきかという目安は、後継者探しのベストなタイミングとは?にまとめています。

譲る前に確かめる3つ

異業種からの打診を受けたときに、先に言葉にしておくことです。

1. 相手は何を買いに来ているのか。 商品か、製造の現場か、取引先との関係か、働いている人か。これを相手の口から言わせます。曖昧なまま進むと、譲ったあとに「残すつもりだったもの」と「相手が要らないと考えていたもの」が食い違います。

2. 自分は何年、どの立場で残るのか。 続投するなら、何を自分で決められるのか。いつまでか。終わりを決めるのは誰か。残り方が決まっていない続投は、後から双方の不満になります。

3. 従業員と取引先に、誰が、いつ、どの順番で伝えるのか。 ここは譲渡の条件そのものより揉めます。順番を決めずに進めると、取引先が先に知るという事故が起きます。伝える順番については後継者が決まったら、誰にどの順番で伝えるかに書きました。

譲る以外に、任せるという道もある

譲る相手を同業に限らなくてよいということは、会社を残す道が1本増えるという意味です。ただ、どの相手に譲るかを考える前に、そもそも譲らずに残せるかを一度置いてみる価値はあります。

社内に後継者がいない会社でも、株を手元に置いたまま、経営だけを外から来た人に任せる形は成立します。会社の名前も、商品も、従業員の雇用もそのまま残ります。弊社は、こうした非公開の経営ポジションを扱っています。後継者をお探しの場合の進め方は後継者をお探しの方へにまとめました。

どちらを選ぶとしても、選べる相手の数は、動き出した時期で決まります。 まだ何も決めていない段階が、いちばん選択肢が多い段階です。