会社を次に渡す形は、大きく2つしかありません。会社ごと渡す(株式譲渡)か、事業だけ渡す(事業譲渡)かです。
そしてどちらを選べるかは、オーナーの好みで決まりません。許認可のある会社では、形が先に決まっています。 介護、障がい福祉、建設、運送、医療、宿泊、酒類。この種の事業は、許可や指定そのものが事業の土台です。株式譲渡なら許認可は会社に残りますが、事業譲渡では原則として引き継げません。
ここを知らずに「事業だけ渡せばいい」と話を進めると、譲り受ける側が許可を取り直すまで事業が止まる、という段取りになってしまいます。
※株式譲渡と事業譲渡: 株式譲渡は、オーナーが持っている株式を相手に売る形です。会社そのものは何も変わらず、株主と社長が入れ替わります。事業譲渡は、会社は残したまま、事業(店舗・設備・従業員・取引先との関係など)だけを相手に売る形です。売った後も会社は手元に残ります。
実際の案件はこう動いている
マールオンラインの報道によると、障がい者支援事業を展開するリビングプラットフォームが、子会社を通じて国土信和(東京都中央区)から障がい者支援事業などを取得します。取得予定日は2026年12月1日、取得価額は23億700万円。
引き継ぐ対象として報じられているのは、障がい者グループホーム・短期入所14施設、生活介護15施設、就労継続支援B型4施設、住宅型有料老人ホーム1施設、そのほか賃貸住宅管理45物件、建物管理199物件、公共施設5施設。承継する事業の売上高は16億9000万円、営業利益は3億2400万円(2026年4月期)と報じられています。
注目したいのは、これが会社の売却ではなく、事業の譲渡として組まれている点です。売り手の会社は残ります。福祉の施設と、不動産・建物の管理という性質の違う事業を持っている会社で、片方だけを渡す形が選ばれた、と読めます(あくまで公開情報からの推測です)。
2つの形で、引き継げるものが違う
| 会社ごと渡す(株式譲渡) | 事業だけ渡す(事業譲渡) | |
|---|---|---|
| 許認可・指定 | 会社に付いたまま残る。原則そのまま継続 | 原則として引き継げない。譲り受ける側が取り直す |
| 従業員 | 雇用契約はそのまま。手続きは要らない | 一人ずつ本人の同意を得て移ってもらう |
| 取引先との契約 | そのまま続く | 相手方の同意を得て、個別に結び直す |
| 不要な資産・過去の債務 | 会社に付いたまま相手に移る | 会社に残せる(切り離せる) |
| 社長個人の保証 | 交渉で外す手続きが必要 | 会社に残るため、別に整理が必要 |
| 手続きの重さ | 比較的軽い | 対象を一つずつ移すため重い |
許認可の扱いは業種と自治体で違います。例えば建設業許可は、2020年10月に施行された改正建設業法で、事前に認可を受ければ事業譲渡でも引き継げる仕組みができました。一方で介護保険法や障害者総合支援法に基づく事業所の指定は、原則として譲り受ける側が新しく申請することになります。自社がどちらなのかは、必ず所管の官庁・自治体と専門家に確認してください。 ここは一般論で判断できません。
「渡し方」より先に決めるべきこと
どちらの形を選ぶかを考える前に、紙に書いておくと話が早くなることが3つあります。
1. 事業の価値はどこに乗っているか。 許可・指定・免許に乗っているなら、株式譲渡が現実的です。人と顧客に乗っているなら、どちらでも成立します。設備と立地に乗っているなら、事業譲渡で必要な部分だけ渡す形も組めます。
2. 会社に、渡したくないものがあるか。 使っていない不動産、個人的な色の濃い資産、過去の係争、休眠している子会社。これらが会社に付いていると、株式譲渡では買い手が慎重になり、調査が長引き、価格の話も重くなります。事業譲渡なら切り離せます。
3. 従業員に、いつ何を伝えるか。 ここが2つの形でもっとも差が出ます。事業譲渡は、従業員一人ずつに「移ってもらえますか」と聞く形です。つまり制度として、本人の同意が必要になります。長く勤めた人に、会社の都合だけで説明すると、まとまりません。順番を先に設計しておく必要があります。伝える順番については事業承継を社内に伝える順番でも書きました。
※簿外債務: 決算書に載っていない支払い義務のことです。未払いの残業代、退職金の積み立て不足、保証した借入など。株式譲渡では会社ごと相手に移るため、買い手は時間をかけて調べます。事業譲渡では会社に残るので、調べる範囲は狭くなります。
時間の見積もりが、形の選択を変えることもある
事業譲渡は、許認可の取り直し、従業員の同意、契約の結び直しを一つずつ積み上げます。対象が広いほど、クロージング(引き渡しの完了)までの期間は長くなります。施設や店舗が多い事業では、半年から1年を見る案件もあります。
一方で株式譲渡は手続きが軽い代わりに、買い手が会社の中身をすべて引き受けるため、調査が深くなります。どちらも「早い」とは言えません。 「来年には譲りたい」と考えはじめた時点で、形を決める準備を始めるくらいの時間感覚が現実的です。
渡さないという形もある
ここまで2つの形を比べてきましたが、オーナーの選択肢はもう1つあります。会社も事業も手放さず、経営だけを次の人に譲るという形です。
株式は持ったまま、社長の席を外から来た経営者に任せる。許認可は会社に付いたままなので、何も取り直す必要がありません。従業員の雇用契約もそのままです。社名も、取引先との関係も続きます。オーナーは会長として残ることも、完全に退くこともできます。
この形が成り立つかどうかは、ひとつの条件にかかっています。会社を任せられる経営者が見つかるかどうかです。親族にも社内にも後継者がいないとき、多くのオーナーは「だから売るしかない」と考えます。実際には、外から経営者を迎えて会社を残す道があります。
どの形がいいかは、会社の状態とオーナーご自身の希望で変わります。会社を残すという前提で考えてみたい方は、後継者をお探しの方へをご覧ください。親族承継・社員承継の難しさについては親族に継がせる難しさにも書いています。
当社は、PEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っています。
