株式を100%ではなく70%で買うと、買った会社の社長は株主が2人いる会社の経営者になる。

これは持株比率の話ではない。残った30%の株主が、同時にその会社の最大の取引先であることが珍しくないからである。そうなると社長は、値段を決める相手と、自分の任免に関わる相手が同じ人という状態で経営する。

この席に必要な要件は、100%子会社の社長とは別物である。 にもかかわらず、要件定義の段では「同業の経営経験」で止まってしまうことが多い。

材料にする案件

マールオンラインの報道によると、総合物流大手の中央倉庫が、宝ホールディングス傘下のタカラ物流システム(京都府京田辺市)の株式70%を取得する。取得価額は61億1500万円、取得予定日は2027年4月1日。宝ホールディングスは残る30%を保有し続ける。対象会社の2026年3月期は売上高126億円、営業利益6億7600万円、純資産25億5000万円。売主側は、物流業界の人材難やコスト上昇に対応するには物流専門企業の下での積極的な投資が必要と判断した、と報じられている。

事実はここまでである。以下は公開情報から読める一般的な型の話で、この案件の当事者が実際にどう設計しているかは分からない。特定の会社の是非を論じる意図はない。

なぜ売主は、全部売らずに30%を残すのか

売主が少数株主として残る理由は、だいたい次のどれかに当たる。

  • 供給や取引を続けたい。 売る事業が、売主自身の事業の一部を支えている。全部手放すと、明日から外注先の一つになる
  • 値決めを後ろに倒したい。 残した分を数年後に売る前提にしておけば、買い手が伸ばした分の値上がりを取れる
  • 連結から外したい。 70%を渡せば買い手の連結子会社になり、売主の決算上の扱いが変わる
  • 社内と取引先への説明。 全部売ったのではなく「専門会社と組んだ」という形にできる

※連結・持分法とは: 親会社の決算に子会社の売上や費用をまとめて載せるのが連結。持株比率が下がって支配から外れると、損益の取り分だけを一行で載せる持分法に変わる。同じ会社を持っていても、決算書での見え方が変わる。

買い手にとって重要なのは、どの理由かによって30%株主が経営に向ける関心の中身が違うという点である。取引を続けたい売主は、利益よりも供給の安定と価格を見る。数年後に売るつもりの売主は、企業価値を見る。前者と後者では、社長に飛んでくる要求が逆を向くことがある。

30%株主が取引先でもあるとき、社長の席に何が起きるか

親会社の下にあった物流・製造・管理などの機能子会社は、売上の多くがグループ向けであることが多い。買い手がそこに手を入れるとき、打ち手は結局この3つに集約される。

  1. グループ向けの取引条件(料率・単価)を見直す
  2. 空いている能力を外部顧客で埋める
  3. 拠点や設備を買い手側と統廃合する

この3つはすべて、30%株主の利害に直接当たる。 1は相手の仕入値を上げる話であり、2は相手向けの余力を減らす話であり、3は相手の現場の動線を変える話である。

つまり社長は、就任直後から自社の株主を相手に交渉することになる。これは通常の子会社社長の職務記述書に書かれていない仕事である。そして前任者には、この経験がない可能性が高い。親会社から来ていた社長なら、グループ向けの条件は交渉事ではなく与件だったはずだからである。

人事について、株主間契約で先に決める4つ

株主間契約(株主どうしで、会社の重要な決定をどう決めるかを事前に取り決めておく契約)に何を書くかは、社長を探し始める前の仕事である。ここが空いたままだと、要件も報酬も決まらない。

  • 社長の選任・解任を、どちらが決めるか。 70%あれば株主総会の普通決議は通る。だが契約側で「社長の交代には両株主の合意が必要」といった拒否権が付いていることがある。付いているなら、連れてくる人には「株主の一方に嫌われたら動かせなくなる」という話を先に伝える必要がある
  • 取締役会の構成。 何人のうち何人を売主側が出すか。社長が議案を通せる数になっているか。ここが半々だと、社長の仕事は経営ではなく調整になる
  • 取引条件の決め方。 グループ向けの価格改定を、社長の裁量でやれるのか、株主間の協議事項なのか。協議事項なら、交渉の当事者は社長ではなく買い手の本社である。それを社長に伝えておかないと、着任後に「権限がない」と判断されて離脱する
  • 報酬と評価を誰が決めるか。 指名・報酬の決定権が片側にあるのか、両方の合意なのか

要件定義は、3つ足して書き直す

同業の経営経験という条件に、次の3つを足す。足した結果として会う人の層が変わるなら、それは要件が変わった証拠である。

1. 利害の違う2人の株主に、別々の言葉で同じ施策を説明できる人

買い手には利益成長の言葉で、売主には供給の安定と関係継続の言葉で、同じ打ち手を説明する。これは説明の技術ではなく、どちらの事情も本当に理解しているかという問題である。片方の代理人に見えた瞬間に、もう片方の情報が入ってこなくなる。

2. 最大の取引先と、値段の話をして関係が残る人

値上げを通した経験ではなく、断られた後に何をしたかを見る。関係を壊さずに条件を動かせる人は、代案の作り方と、引く順番を持っている。

3. 1社依存を崩せる人

外部顧客を取る仕事である。グループ向けで回っていた会社には、新規を取る組織も、取る値段の決め方も無いことが多い。営業部門を作り直す経験が要る。これはロールアップ戦略における子会社経営陣の採用で問われる能力と近い。

面接とレファレンスで確かめること

面接では、経験の有無ではなく局面の処理を聞く。

  • 株主の間で意見が割れた意思決定を進めたことは。何を材料に、どちらを先に説得しましたか
  • 最大の取引先に条件の見直しを申し入れたことは。断られた後、次に何をしましたか
  • 売上の過半を1社に依存する事業で、依存度を下げた経験は。何年で、どこからどこまで動かしましたか
  • 親会社の方針と異なる結論を、経営会議で出したことは。その後どうなりましたか

レファレンス(前職の関係者への照会)では、対立した局面での振る舞いを取る。黙って従ったのか、押し通したのか、第三の案を作ったのか。この3つは経歴書では見分けられず、株主が2人いる会社では結果が真逆になる。

報酬は、片方の株主の指標だけに連動させない

買い手側のEBITDA目標だけに連動する設計にすると、最短の利益改善はグループ向けの取引条件を叩くことになる。社長に、30%株主との関係を壊す動機を付けることになる。

外部顧客売上の比率や、新規顧客数のように、依存度を下げる方向の指標を混ぜておく。両株主が納得できる指標を1つ入れておくと、着任後の説明が楽になる。報酬の層の組み方そのものは創業者が株を持ったまま残るMBOの経営体制設計と論点が重なる。

クロージングが1年以上先なら、探し始めるのは「要件まで」

取得予定日が1年半先という案件は珍しくない。許認可や期首合わせで、サインからクロージングまで時間が空く。

このとき起きやすいのが、クロージング日に社長が決まっていないという状態である。経営者の選考は、要件定義から着任まで数か月単位でかかる。クロージング後に始めれば、最初の100日は前任者か出向者で埋めることになり、買った理由にいちばん近い打ち手が後ろに倒れる。

一方で、早すぎる動き出しにも無理がある。対象会社にまだ知らせていない段階では、候補者に見せられない情報が多すぎて、まともな口説きができない。

実務的な置き方はこうなる。要件定義と市場の当たり(どういう経歴の人が、どの報酬水準に、どれだけいるか)までをクロージングの半年以上前に終えておき、具体名への接触はクロージングの見通しが立ってから始める。 要件と相場が先に分かっていれば、動ける段になってから探す時間はほとんど要らない。逆に、要件が空のまま日程だけ迫るのがいちばん高くつく。

当社はPEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っている。株主が複数いる会社の社長の要件定義についてはM&A後の経営体制にまとめている。

まとめ

  • 70%取得は、株主が2人いる会社の社長を置くという決定である
  • 残る30%が取引先でもある場合、価格・稼働・拠点のすべてが株主との交渉になる
  • 社長の選任権・取締役会構成・取引条件の決定権・報酬の決定権を、探し始める前に株主間契約で固める
  • 要件に足すのは「2人の株主に説明できる」「最大の取引先と値段の話ができる」「1社依存を崩せる」の3つ
  • 報酬を片側の利益指標だけに連動させると、もう片方との関係を壊す動機が付く
  • クロージングが先の案件は、要件定義と相場の確認までを先に終わらせておく